タレントから現在は国会議員として活動している山本太郎さん。熱い語り口で独自の意見をハッキリ物言う印象の山本太郎さんですが、中卒でいじめられていた過去や様々な奇行エピソードがあるようです。
学生時代から現在までの山本太郎さんについて見ていきたいと思います。
https://iroirog.info/zinbutsu/nanamihiroko-hagu-sumairu/
山本太郎の学歴は中卒だった
山本太郎さんの学歴は高校を中退しているので最終学歴は中卒ということになります。
高校
山本太郎さんが通っていた高校は大阪府にある「箕面自由学園高校」です。
箕面自由学園高校偏差値=48
引用元:http://www.manavinet.com/sansaku/kansai/kansai_561.html
◇概要◇
学校名:箕面自由学園高校
所在地:大阪府豊中市宮山町4丁目21番1号
設立:1951年
アクセス:阪急電鉄・箕面線「桜井」駅下車し徒歩約7分
箕面自由学園高校在籍中、高校1年生の時に『ダンス甲子園』に出演し芸能界入りのきっかけとなりました。
『ダンス甲子園』とはバラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(1985年〜1996年)の中での人気企画で、全国の高校生が様々なジャンルのダンスで競い合い、このことによりダンスブームが巻き起こりました。
『ダンス甲子園』では3人グループ「アジャコング&戸塚ヨットスクールズ」というグループ名で出演していました。全身にオイルを塗りヘビメタの曲に合わせてダンスを披露しています。
このようなパフォーマンスをテレビで毎週のように披露していたことから、保護者から学校側へ苦情が来るようになり、山本太郎さんと学校・親との関係が悪化。結局、留年した後に中退してしまいました。
学校側としては苦情があれば何かしら対応をしなければいけないので仕方なかったのかもしれませんが、この頃から個性豊かで表現者としての素質を持っていたのでしょうか。その当時、雑誌のインタビューで「夢は政治家」と語っています。
引用元:https://oshirukoad.com/yamamototaro-prime-minister/
まさかこのキャラで政治家を目指しているなんて当時は誰も思っていなかったでしょうね。
中学校
山本太郎さんが卒業した中学は「箕面自由学園中学校」です。中退した「箕面自由学園高校」に併設している系列校となります。
箕面自由学園中学校偏差値=47
引用元:https://mino-jiyu.ed.jp/jhs/facilities.html
◇概要◇
学校名:箕面自由学園中学校
所在地:大阪府豊中市宮山町4丁目21番1号
設立:1947年
アクセス:阪急電鉄・箕面線「桜井」駅下車し徒歩約7分
高校生の頃の夢は政治家でしたが、中学生の頃から既に政治には関心があったようです。中学時代、生徒会に立候補した際演説で消費税問題について語ったほどです。
残念ながら生徒会には落選してしまったそうですが、当時から日本の政治に関心を持ち政治家への夢は本気だったようですね!
過去にはいじめられていたことも?
高校時代『ダンス甲子園』の出演により高校を中退してしまった山本太郎さん。過激なパフォーマンスが原因となり保護者からの苦情で、学校・親との関係が悪化してしまいましたが、同時にいじめの被害にもあっていたそうです。
中退の決意には、このいじめも理由の1つにあったようですね。学生からすると狭い世界での「学校・親・友達」との学生生活での全てと言って良い環境下での関係悪化は、とてもツライ毎日だったのではないでしょうか。
引用元:https://resumedia.jp/20567.html
しかし結果現在は夢であった政治家として活動していることから、学歴などは関係なく何事も熱意が大事なのかもしれません。この高校時代に受けたいじめの経験を、今後の政治活動に必ず活かしてくれることと思います。
山本太郎の奇行エピソードまとめ
山本太郎さんには様々な奇行エピソードがあります。主なエピソードをご紹介します。
竹島は韓国にあげたら良い発言
2008年バラエティ番組『たかじんのそこまで言って委員会』で「竹島は韓国にあげたら良い!」などと発言しました。
引用元:https://today1969.wordpress.com/2016/05/22/2008年07月20日たかじんのそこまで言って委員会/
この発言に批判が殺到したところ「日本は固有の領土と発言するだけで、韓国へのアクションもなく本気で取り返す気があるのかと疑い、日本の情けなさに憤りを感じつい問題発言をしてしまった」と話しています。
議論の中でヒートアップしてしまった末の発言のように取れますが、テレビでの発言には冷静さが必要ですね。
天皇陛下に直訴
2013年10月31日、秋の園遊会に出席した山本太郎さんは天皇陛下に直接手紙を渡しました。
引用元:https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG31047_R31C13A0CR8000/
国会議員が自ら天皇陛下に手紙を渡すのは極めて異例で、手紙の内容は原発事故の現状を訴えたものだったそうです。
引用元:http://for-yourlife.com/yamamototarou-392.html
本人は「失礼に当たるかもしれないと思ったが、ルールに反しているということは自分の中で意識がなかった」と話しています。
ベクレてる発言
2013年自身が配信したライブ映像で「ベクレてる(放射能汚染されている)んやろうなぁ、国会議員に出すお弁当は」と発言しました。「東北はベクレてる」とも発言し安全なレベルまで下がった放射線量測定結果を「捏造」と言っていたようです。
引用元:https://twitter.com/amateur2010/status/1151488680634093568
この発言は原発事故によって苦しんでいる方たちを、更に苦しめることになったのではないかと思います。
スパッツ姿で参院本会議に出席
2014年参院本会議にタートルネックにスパッツ姿で出席し「品位に欠ける」と問題視されました。ジャケットは着用していましたが「国会では品位を重んじるべき!」と注意され「国会議員としての認識が足りず気をつけていませんでした」と謝罪したそうです。
引用元:https://twitter.com/reiwawakamono/status/1257654884603588610
本人も言っているように、これは明らかに自覚の足りない行動ですね。
山本太郎のwikiプロフィール
引用元:https://twitter.com/taro_koho
名前:山本 太郎(やまもと たろう)
生年月日:1974年11月24日
年齢:[birth day=”19741124″]歳
出身地:兵庫県宝塚市
身長:175センチ
Twitter:https://twitter.com/yamamototaro0
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCNAHgqpOLF1hBJaDFwVGggg
政治家
・2012年12月:政治団体「新党 今はひとり」立ち上げ
・2014年3月:「新党ひとりひとり」へ名称変更
・2014年12月:「生活の党」に入党し党名を「生活の党と山本太郎となかまたち」に改め
・2016年10月:「生活の党と山本太郎となかまたち」が「自由党」に変更
・2019年4月:「自由党」を離脱し新たに「れいわ新選組」を設立
・2020年6月:7月5日投開票の東京都知事選への出馬を表明
過去に様々な奇行で話題となった山本太郎さん。党の名称だけでも全て話題になりそうな名称ばかりです!
プライベート
父親は1歳の時に亡くなっており母子家庭で育ちました。母親は「パワフルで正義感の強い人」らしく、日常的に「自分より弱い立場の人には手を差し伸べろ」ということを言われていたそうです。
母親はフィリピンの貧しい子供たちを支援するボランティア団体に所属しており、山本太郎さんも子供の頃から何度もフィリピンへ行っては、仕事を手伝っていたようです。このお母様の教育方針をぜひ政治活動に活かして欲しいですね!
まとめ
高校1年生でのテレビ出演がきっかけとなり世間から注目されるようになった山本太郎さん。当時の奇抜な言動からは誰も想像していなかったかと思いますが「政治家になりたい!」という夢を果たしたことはすごいですよね!!
独自の考え・意見をしっかり持たれていることで、逆に世間から批難されることも多いようですが、中学生の頃からの「日本を変えたい!」という思いを良い方向へ導いてくれる存在となってほしいと思います。