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【この世の果て】はどんなドラマ?出演者の現在は?

1994年1月10日から3月28日までフジテレビ系列の月9〟枠で放送されたテレビドラマ『この世の果て』

脚本家は、野島伸司さん。平均視聴率が22.9%!そして、最高視聴率は25.3%!!全ての回で20%以上の視聴率を記録している作品です。

今回は、野島伸司さんの作品の中でも特に暗い作品〟と言われているドラマ『この世の果て』のあらすじや出演者の現在などをご紹介していきます!

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この世の果てはどんなドラマ?

この世の果てはどんなドラマ引用:https://www.fami-geki.com/vod/drama-konoyonohate/

まりあ(鈴木保奈美)は自分のせいで全盲になった妹・なな(桜井幸子)の手術費を稼ぐために、昼は郵便局で、夜はクラブで働いていました。

ある日、帰り道ですれ違った士郎(三上博史)が交通事故に遭うのを目撃。彼を助けるが、士郎は記憶喪失になっており・・・。

都会の絶望の果てで出会った、孤独なホステスと孤独な天才ピアニストの究極の愛を描いた悲劇。

メインキャスト全員が孤独で、悲しい過去や、心の傷をかかえていて、重厚な人間ドラマが描かれています。


脚本の野島伸司さんは、

今まで誰も自分を認めてくれなかった、今まで誰も愛してくれなかった、そんな淋しい男女が出会って、初めてお互いを信じ合える相手と支え合いながら、東京という砂漠のような大都会で生きていく、都会の中の孤独を描いたドラマ

として制作したということです。
主題歌である尾崎豊さんの「OH MY LITTLE GIRL」もドラマの雰囲気にとてもよく合っていて印象的です!

鈴木保奈美さんと横山めぐみさんは初の〝汚れ役であり、その暗い演技が放送当時話題になった作品でもあります。野島作品の中でも特に暗い作品といわれています。

出演者の現在は?

暗い内容の人間ドラマ『この世の果て』。

難しい役どころも多かったのでは?と思われる主要キャストの現在など、紹介していきたいと思います!

鈴木保奈美(砂田 まりあ)

この世の果てはどんなドラマ引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/d9aae11954ebdd67c66fecde45a6124918aa68b2

幼い頃、父に愛されていないという思い込みから家に放火し、妹は視力を失ってしまい、そのことで自分を責め続けている主人公、砂田まりあを演じたのは、鈴木保奈美さん。

1984年、高校時代に第9回ホリプロタレントスカウトキャラバンに応募し、応募総数12万人の中から審査員特別賞を獲得したのがデビューのきっかけとなります。

1986年に女優デビューし、芸能活動に専念するため大学を中退します。

カネボウ化粧品のCMに水着姿で出演したほか、ドラマ『おんな風林火山』、NHK連続テレビ小説『ノンちゃんの夢』、そして当時全盛期だったトレンディドラマに出演し、知名度を上げていきます!

1991年に主演したフジテレビ月9ドラマ、『東京ラブストーリー』が大ヒット!

「月曜日の夜に街から女性が消えた」と言われるほどの社会現象となったドラマでした。

ヒロインの赤名リカ役で鮮烈な印象を残し、一躍人気女優となった鈴木保奈美さんは、以後次々とフジテレビのゴールデンタイムドラマの主役に抜擢され、女優としての地位を確実なものとします♪

また、アジア圏でも日本のトレンディドラマが放映されて高視聴率を確保していたことと、中国や韓国で日本の化粧品に人気が集まっていたこともあり、

鈴木保奈美さんがイメージガールを務めていたカネボウ化粧品のポスターが欲しいと、メーカーに問い合わせがあったくらい人気だったといいます!

1990年代に主演したフジテレビ月9ドラマ、『愛という名のもとに』、『恋人よ』、なども大ヒット!全てのドラマが話題になりました。

また、

・1995年第7回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演女優賞(『恋人よ』)
・1998年、第16回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 主演女優賞(『ニュースの女』)
・2013年、第17回日刊スポーツ・ドラマグランプリ・春ドラマ 助演女優賞(『家族ゲーム』)
・2014年、第23回TV LIFE年間ドラマ大賞2013 助演女優賞(『家族ゲーム』)

など、数々の賞を受賞し、映画やドラマだけでなくバラエティやCMなどでも活躍しています!

私生活では1994年にF1解説者の川井一仁さんと結婚しましたが、1997年に離婚しています。

その後、1998年11月、とんねるずの石橋貴明さんと再婚、そして妊娠3か月であること、芸能界引退も発表し、2000年公開の主演映画『いちげんさん』を最後に表舞台から姿を消します。

再婚後3人の娘を出産した鈴木保奈美さんは育児に専念されていたのでしょうね。

しかし、2008年12月、子どもたちが小学生となったことなどから、石橋さんの事務所であるアライバルに所属し、徐々に芸能活動を再開することを発表。

文化出版局『ミセス』の表紙を飾り、エッセー「ほなみ食堂」を連載開始します!

2011年、大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』で12年ぶりに本格的に女優復帰し、同年公開の『のぼうの城』で11年ぶりに映画に出演しました。

2016年には『ノンママ白書』で18年ぶりに連続ドラマの主演を務めました。しかし、2021年7月、石橋さんのYouTubeチャンネルで離婚を発表します!

「子育てが一段落した事を機に」と離婚理由を説明しました。三女の高校卒業を機に決断されたのでしょうか。

三上博史(高村 士郎)

この世の果てはどんなドラマ引用:https://www.crank-in.net/news/43305/1

実は世界的に有名なピアニストでしたが自ら左手を傷つけ、ピアニスト生命を絶ってしまう高村士郎。

まりあと暮らし始めてからは、過去のプライドと栄光が捨てられず自暴自棄になり、覚せい剤に溺れるという難しい役を演じた三上博史さん。

デビュー時から長年に渡り有限会社DIGカンパニーに所属していましたが、現在は有限会社三上事務所に所属しています。

高校在学中、当初は友人に誘われてついて行ったオーディションで寺山修司さんに見いだされ、

寺山さんが監督・脚本を手がけた、泉鏡花原作・ピエール・ブロンベルジェ製作のフランス映画『草迷宮』(日本公開1983年)に主演し俳優としてデビューしました!

そして、1984年のTBS系ドラマ『無邪気な関係』でドラマ初出演を果たし、1987年の映画『私をスキーに連れてって』で注目を浴びます。

1988年にフジテレビ系ドラマ『君の瞳をタイホする!』に出演後は、数多くのドラマに主演し、トレンディドラマのエース〟と呼ばれ、1989年に『エランドール賞』の新人賞を受賞した後は、これまでとは比べ物にならないくらい多忙な日々になります!

数々の作品で存在感を残す中、1990年から放送されたテレビドラマ『世界で一番君が好き!』でさらに注目を浴びます。

そして、1992年『あなただけ見えない』では、女性人格を含む三重人格者という複雑な役柄を演じ、話題になりました。

また、2012年にはNHK大河ドラマ『平清盛』に鳥羽上皇役で大河ドラマ初出演を果たします。

三上さんは、俳優業だけでなく、朗読の活動もしており、2013年には朗読のCDをリリース。

最近も声の活動を続けており、2019年に行われた『寺山修司記念館フェスティバル2019春』では、ライブ『世界の涯てまで連れてって』を開催。歌や朗読を披露し、観客を魅了しました。

そして、ドラマ『チャンス!』では、役柄で歌手・本城裕二を演じる三上博史さん貴重な歌唱が堪能できるんです!

この世の果てはどんなドラマ引用:https://apparel-fashion.com/hiroshi-mikami-drama/

劇中歌である「HANG OUT!」と「夢 with You」は実際に本城裕二名義でCDリリースして歌番組にも出演しています。

 

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2021年に放送された特別企画テレビドラマ『桶狭間~織田信長 覇王の誕生~』(フジテレビ系)にも出演した三上博史さん。

これまで時代劇への出演経験がほぼないということで早々に殺陣の練習に取り組んだと明かし、この作品にかける熱意を語っていました。

また、この作品を見た人は三上博史さんの「新たな一面が見られた!」と大喜び。「大河ドラマの主演をはれるのでは?」と演技力の高さを再確認していたといいます。

桜井幸子(砂田 なな)

この世の果てはどんなドラマ引用:https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009070397_00000

自宅の火事が原因で盲目になったまりあの異父妹。祖父から姉とは父が異なることや、警察官だった祖父たちの力で、放火事件は事故ということにされたのを知りますが

姉への愛情は変わらない、まりあの妹、砂田なな役を演じたのは桜井幸子さん。

1988年、サンスターアクアフレッシュのCMオーディションでグランプリを受賞したのをきっかけに芸能界入りをします。

CMで芸能界デビューを果たし、1989年には、テレビドラマ『スワンの涙』で女優デビューします。1990年には、アイドル歌手として活動も行っていましたが、その後は女優に専念。

映画『おあずけ』で主演した他にも、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』では、バラエティー番組のコントにも挑戦しています♪

1992年、NHK連続テレビ小説『おんなは度胸』でヒロインを務め、

また1993年には、テレビドラマ『高校教師』で、真田広之さん演じる主人公と恋に落ちる女子高生・二宮繭役を演じ、一躍人気女優となりました。

野島伸司脚本のテレビドラマの常連となり、1994年の『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』、1995年の『未成年』と野島三部作すべてに出演しました!

以後も1997年の連続ドラマ『友達の恋人』、2009年の連続ドラマ『コンカツ・リカツ』などにも主演。女優として大活躍。

2003年2月、音楽プロデューサーの田中聡さんと結婚しましたが、2006年に離婚、そして、2009年12月28日、所属事務所の公式サイト上において、2009年限りでの芸能界引退を突然発表します。

〝海外留学や仕事の経験を通じていろいろと考えた結果、引退を決意した〟とのことで、〝引退後は、見聞を広めて社会貢献したい〟とコメントしていました。

しかし、引退発表当時はアメリカ人男性と交際していたため、本当の引退理由は再婚するためではないかという声もありました。

そして現在、ロサンゼルスに移住した桜井幸子さんは、会社経営者であるそのアメリカ人男性と再婚しています。

やはり、再婚するタイミングで引退を決めたという可能性はありそうですね。

豊川悦司(神矢 征司)

この世の果てはどんなドラマ引用:https://alpha-agency.com/artist/toyokawa/

本妻との間に子供ができなかった神矢家の跡取りとして引き取られますが、愛を信じることができなくて常に孤独を感じ、女を口説いて落ちるかどうかの賭けを部下としていた、経済界のプリンス、KAMIYAグループ御曹司。神矢 征司を演じたのは豊川悦司さん。

関西学院大学文学部在学中は演劇部に所属し、やがて本格的に俳優を志して大学を中退します。

上京し、演劇集団 円の研究生を経て、1983年に渡辺えり子(現・えり)さん主宰の劇団3○○(さんじゅうまる)に入団します。

同年、『瞼の母』で初舞台を踏み、1989年に退団するまでの7年間、数々の舞台に出演します。

退団後は、渡辺えり子さんの紹介で現在のアルファエージェンシーに移り、1989年には渡邊孝好監督の映画『君は僕をスキになる』のオーディションに合格し、加藤雅也さんの同僚役で映画初出演を果たします!

以後、多数の映画・テレビドラマに出演♪

1992年には、テレビドラマ『NIGHT HEAD』で武田真治さんと共に主演して注目を浴び、深夜枠にもかかわらず好評で、人気作になりました。

また同年、松岡錠司監督の映画『きらきらひかる』で岸田睦月役を務めるなど、話題作に出演。

そして人気テレビドラマ『この愛に生きて』などに出演し、一般にも認知されるようになります。

1995年の映画『Love Letter』(岩井俊二監督作品)では秋葉茂役を務め、第19回日本アカデミー賞にて優秀助演男優賞と話題賞を受賞。

同年、『愛していると言ってくれ』では耳が不自由な青年画家役として、障害を乗り越えながら愛を深めていく姿を演じ、最高視聴率28.1%を記録しました!

他にも、1999年『危険な関係』2001年『Love Story』は平均視聴率が20%越えを達成。2003年『Et Alors-エ・アロール-』2006年、『弁護士のくず』といった人気ドラマに多数出演しています。

2011年には、第36回湯布院映画祭にて平山秀幸監督の『必死剣鳥刺し』、瀧本智行監督の『犯人に告ぐ』、阪本順治監督の『傷だらけの天使』、行定勲監督の『今度は愛妻家』の4作品が特集上映され、

上映後は行定勲監督とのトークショーが開催され、同年NHK大河ドラマ『江・姫たちの戦国』に出演し、織田信長役を務めました。

私生活では、1997年にテレビドラマ『青い鳥』のヘアメイクを担当していた女性と結婚し、一男一女を儲けますが2005年12月31日に離婚、子供は妻が引き取りました。

その後、2015年、元エステティシャンの女性との再婚と女児の誕生を公表しています。

横山めぐみ(加賀美 ルミ)

この世の果てはどんなドラマ引用:https://ogipro.com/talent/yokoyamamegumi/

中学生の頃、見知らぬ男たちに襲われた時に一緒にいた恋人が逃げ出してしまったという経験から愛や永遠という言葉を聞くと頭痛がするようになり、

冷酷で攻撃的な性格になってしまい、まりあが働く「花葡萄」に大勢の客を従えて店がえしてきたホステス加賀美ルミを演じるのが横山めぐみさん。

所属していたオスカープロモーションを2021年4月末で退所し、2021年7月1日よりプロダクション尾木に所属しています。

1987年放送の『北の国から’87初恋』で純(吉岡秀隆)の初恋相手大里れい役でデビュー!まだ初々しさが残る中にも抜群の演技力を見せ、横山めぐみさんの名を世に知らしめることになりました。

その後ドラマ、CM、バラエティーなど幅広く活躍している横山さんですが、特に2002年放送『真珠夫人』ではヒロイン・瑠璃子を演じ話題になりました!

また、ユーミンの曲に合わせて遠距離恋愛の恋人同士を演じた、JR東海「シンデレラ・エクスプレス」のCMにも出演。

清純派女優として売り出された横山めぐみさんですが、野島伸司ドラマこの世の果て』では、意地悪な女性を熱演しています。

可愛いだけではなく、演技力が高いことを証明した作品といえます!


私生活では、1995年に6歳年下のCMナレーターで、俳優としても活動していた大川泰樹さんと結婚しますが、2002年12月に離婚しています。

離婚会見の中では、「お互い価値観が違うこと」が原因だと話していました。

その後、2006年5月17日に東大卒のエリートで、入社後はニューヨーク大学でMBA(経営学修士)を取得し、

38歳という若さで外資系信販会社の日本支社で副社長を務める二之部守さんと2度目の結婚♪共に再婚同士でした。

大浦龍宇一(三島 純)

 

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赤ん坊の頃コインロッカーに捨てられ、天涯孤独。コンビニ強盗をした時に仲間が、ななを暴行しようとしていたところを助けた事から恋愛関係になりますが、彼女に真実を知られ別れることに。

けれども自分なりの「愛の形」を見つけていこうと模索する青年、三島純役を演じたのは大浦龍宇一さん。

  • 父は元俳優の高田由紀夫
  • 父方の祖父は俳優・歌手の高田浩吉
  • 父方の叔母に女優の高田美和高田瞳
  • 父方の祖母は元女優の宏橋照子
  • 父方の義大伯母は宝塚歌劇団で關守千鳥と名乗っていた元タカラジェンヌで女優の東榮子、母方の祖母が毛利峰子

という芸能一家に育った大浦さん。この件については、祖父が亡くなった際に初めて公表されました。デビュー前には祖父の付き人を務めていたことがあったともいいます。

1994年にドラマ『この世の果て』のオーディションに合格して俳優デビュー。1996年には「夏の午後」で歌手デビューし、スマッシュヒットとなります。以後、ドラマ、映画、舞台などで活躍しています。

私生活では、2000年に一般の女性と結婚していますが、2007年に離婚されています。

お子さんがひとりいて、初めは母である元妻が親権を持っていたのですが、元妻の仕事が忙しくなって、子育てが出来なくなったという理由で、2011年4月に大浦龍宇一さんが親権を持つことになります。

バラエティ番組や自らのブログ等にてシングルファーザーであることを公言し、息子のためにキャラ弁を作ったりするなど素敵なお父さんである一面も見せてきました。

この世の果てはどんなドラマ引用:https://geitopi.com/噂・疑惑/大浦龍宇一&ゆりえ離婚回避%E3%80%82ブログで謝罪し再/

そして、2019年3月22日、フリーアナウンサー・寺田理恵子さんの長女でシンガーソングライターのゆりえさんと再婚。

ゆりえさんは大浦さんより22歳年下という歳の差夫婦なんだそうです♪

また最近、ご自身のブログでコロナ禍の影響で所属していた芸能事務所の営業活動がままならないことから、生計を立てるために始めた葬儀派遣会社の研修が終了したことを報告しています。

「必ず俳優という道においても、音楽の道においても、大きなプラスになると確信しています」と、副業での経験を本業にも生かしていきたいとつづっていました。

 

吉行和子(砂田 夕子)

この世の果てはどんなドラマ引用*https://post.tv-asahi.co.jp/post-172806/

元シナリオライターとの間にまりあを身籠りますが、結婚は望めない状態であり、それを承知の上で受け入れると言った砂田と結婚しますが、

まりあが起こした火事で砂田とは死別します。その後、偶然再会したまりあの父親をこっそりと匿い、最期を看取ると後追い自殺してしまう、まりあとななの母、砂田夕子を演じたのは吉行和子さん。

女優で、エッセイストで、俳人でもある吉行和子さんは、父はダダイズム(1910年代半ばに起こった芸術思想)の作家の吉行エイスケさん、母は美容師の吉行あぐりさん、兄は作家の吉行淳之介さん、妹は詩人の吉行理恵さん、という有名人一家です。

母親の吉行あぐりさんは、1997年放送のNHK朝の連続テレビ小説『あぐり』のモデルとなられた美容師です!

吉行和子さんもエッセイで賞を受賞していますし、文才に富んだ家系ですね♪

2歳で小児喘息を患い、病弱な子ども時代を過ごし、女子学院高等学校を卒業前に劇団民藝付属水品研究所を受験して入所。

女優になるつもりはなく、絵を描くことや裁縫は得意だったことから「衣装係にでもなれれば」と思って受験したところ、思いがけず女優候補として採用されたといいます。

1955年、津島恵子主演の『由起子』でスクリーンデビュー!1959年、『にあんちゃん』『才女気質』での演技で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞♪

1957年、民藝所属となる『アンネの日記』のアンネ・フランク役に抜擢され、主役デビューも果たしますが、その後は地味な「農民の娘」役ばかりだったといいます。

劇団『民藝』の女優として舞台で活躍してきた吉行さん。33歳のとき『民藝』を退団し、フリーで活動を続け、その後は映画やドラマ、舞台と幅広く活動を続けています。

主演を務めた大島渚監督の映画『愛の亡霊』では日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。

実は、テレビドラマのほか、かつては『おかあさんといっしょ』でのお話のお姉さんとしても活躍していたことがあるそうです。

文筆の世界では、1983年にエッセイ集『どこまで演れば気がすむの』を出版し、1984年の第32回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。

私生活では28歳のときに結婚するも、4年ほどで離婚。以降は独身で通しているようです。

家事が苦手であると告白している吉行さん。バラエティ番組にゲスト出演した際に「家にはやかんすらない」と語っていました。

また、「キッチンを汚したくないから」と料理を一切拒否したため、それが原因で離婚されたとも語っています。

80代になってようやく包丁を購入したという吉行和子さん。やかんも購入して、料理をするようになったのでしょうか!?

まとめ

今回は、1994年1月10日から3月28日までフジテレビ系列の『月9枠』で放送され、野島作品でも最も暗い作品。

と言われていましたが、高視聴率を獲得したテレビドラマ、『この世の果て』の主要キャストを紹介しました!

暗い内容とはいえ、個性的な登場人物それぞれに色々な事情があってドロドロとした人間ドラマにハマってしまう『この世の果て』、

今の〝月9〟枠では見ることの出来ないであろう暗い重い内容のドラマ!最後まで暗い話なのか?それともハッピーエンドなのか?気になりますよね!

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