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JKローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?

ハリーポッターシリーズの著者として有名な、作家のJKローリングさん。生い立ちを調べてみると、作品に影響していることが判明!また、父とは不仲で母は病弱だったという噂もあります。

この記事ではJKローリングの生い立ち、プロフィールについてまとめています!

歴史史上最も多くの報酬を得た作家JKローリング

Jkローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?

引用:https://twitter.com/halkatu_choday/status/1300701474196877313?s=20

JKローリングさんは、ハリーポッターシリーズの作家としては有名ですが、一体いくらぐらい稼いでいるのか、あまりピンと来ないですよね。

JKローリングさんの生涯で最高額の年収は、約1億2500万ポンドと言われています。この額は、日本円で計算すると、なんと約182億円!歴史上最も多くの報酬を得た作家とされています。

また、2003年5月にはイギリスのお金持ちリストが発表されました。その中で、JKローリングさんはハリー・ポッターシリーズの本はもちろん、映画などの関連商品から手にした金額が560億円だったことが判明。

2012年、JKローリングさんが、シリーズ全7巻、4億部を売り上げたことにより、ギネス記録認定を受けました!ハリーポッターの売上部数は、5億部を突破しており、この記録は未だに破られていません。

父とは不仲で母は病弱だった?

Jkローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?JKローリングさんですが、幼いころから父親と接する機会が少なかったそうです。自身が成長するにつれ、父親との関係は良くなることもなく、ほとんど話すこともなくなってしまうように。

「父親を、ずっと恐れると同時に、彼に認められるよう必死でした。でも、ある時、もうそれは、できない、と。連絡は、ほとんど取っていません。」

記事引用:Hatena Blog

幼少期から、良き父親がいないということを考えたためか、小説にはハリー・ポッターの父親的人物が多数登場したと語っていました。

また、JKローリングさんがわずか15歳のときに、母親が多発性硬化症と診断

多発性硬化症とは中枢神経系の脳や脊髄視神経あちらこちらに病巣ができ、様々な症状が現れるようになる病気のこと。

多くの場合、症状が出る再発と、症状が治まる寛解を繰り返す。

JKローリングさんが10歳、11歳の頃から、母親の病気の兆候はあったようなので、とても長い間闘病されていたことがわかります・・

調べてみたところ、このような症状があるようです。

視神経が障害されると視力が低下したり、視野が欠けたりします。この症状が出る前や出ている最中に目を動かすと目の奥に痛みを感じることがあります。

脳幹部が障害されると目を動かす神経が麻痺してものが二重に見えたり、目が揺れたり、顔の感覚や運動が麻痺したり、ものが飲み込みにくくなったり、しゃべりにくくなったりします。

記事引用:難病情報センター

10歳の女の子が、目の前で母親の弱っていく姿を見るのは、相当辛かったと思います。

最愛の母が病死し精神崩壊!うつ病も発症?

Jkローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?1990年12月30日、10年にも及ぶ闘病生活だったが、母親が45歳という若さで他界。母親の死は、JKローリングさんの心に深刻な影響をもたらしました。

「私は若いころからうつ病になる傾向があったと思う。それが顕著になったのは、25歳から28歳ぐらいのときで暗い時期だった。感情が欠落してしまって、気分が良くなるような希望も見いだせなかった。

そういう状態になったことのない人に説明するのはとても難しい、それは“悲しみ”ではないのよ。“悲しみ”は悪いことではない。泣いたり、感じたりすること。でも、それは感情が冷たく欠落してしまって、空洞ができたかのよう。

これがハリー・ポッターに出てくる“ディメンター”の正体よ。私をそんな状態から救ってくれたのは娘なの」

記事引用:ELLE girl

のちにうつ病であったことを公表したJKローリングさん。25歳というと、ちょうど母親が亡くなった時期にあたります。長い闘病生活は、JKローリングさんの体力だけでなく、心身にも影響があったのではないでしょうか。

実はシングルマザーで生活保護も受けていた?現在は?

Jkローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?母親の死後、JKローリングさんは、国連人権団体アムネスティ・インターナショナルで働いたり、英語の教師をして生計を立てていました。そして、1992年27歳のときに結婚。

結婚相手は、ジョルジ・アランテスという男性で、その後娘であるジェシカさんを妊娠。しかし、妊娠中から夫婦関係はかなり悪くなっていき、険悪なまま娘を出産しました。

元々、夫のアランテスさんは、家庭内暴力や薬物などの行動が多く、JKローリングさんはその行動にたくさん悩まされました。

しかし、出産からわずか4ヶ月後、なんとJKローリングさんは家から追い出されてしまいます。このため結婚生活は、13カ月で終わることに・・

この時、驚いたことになんと追い出したのはJKローリングさんのみ。翌日友人、無事に娘を取り返したJKローリングさんは、逃げるようにイギリスに帰国しました。

仕事、お金、家もないJKローリングさんは在宅手当と生活保護を申請。自治体が用意してくれた安価で提供されるアパートに入居することが出来たものの、生活保護の手当はわずか69ポンドでした。(2020年時点、日本円にすると約1万円)

そして、娘との2人暮らしを始めるものの、この時期に深刻なうつに苦しむように・・当時JKローリングさんは、カウンセリングも受けていたそうです。

2001年には医師のニール・マレーと再婚。2003年に男の子、2005年には女の子を出産しています。

JKローリングのwikiプロフィール

Jkローリングの生い立ちが作品に影響?父とは不仲で母は病弱だった?引用:https://twitter.com/Sirius83419428/status/1289067963706773505?s=20

名前:J・K・ローリング

本名:ジョアン・ローリング

生年月日:1965年7月31日

年齢:55歳

国籍:イギリス

デビュー作 :『ハリー・ポッターと賢者の石』

パートナー:ニール・マレー

公式ページ:https://www.jkrowling.com/

公式Twitter:https://twitter.com/jk_rowling

JKローリングは科学技術者の母アンと、ロールスロイス社の航空部門エンジニアの父ピーターの長女として誕生。

1990年6月、エクセター大学時代の恋人がマンチェスターに移り住んでいたのでそこに一緒に暮らそうと考えていたJkローリングさん。週末には、マンチェスターで延々と続く英国の田園風景を眺めながら4時間かけてロンドンへ戻る列車に座っていました。

このときに、何がきっかけだったのか不明ですが、目の前にハリーや魔法学校のイメージがはっきり浮かんできたそうです。主人公は自分が何者なのか知らず、魔法学校への入学許可証をもらうまで自分が魔法使いだと知らないという設定を思いつきます。

この時、ペンも紙も持っておらず頭の中ですべて思い浮かべたJKローリングさん。家に着き、列車で考えていたことを思い出しては、ノートに一心不乱に書き留めていき、これがハリー・ポッターの最初の草案となりました。

ちなみにペンネームである、 Jkローリングは、本のターゲットとなる男の子が女性作家の作品だと知りたくないだろうと心配した出版社からの提案でした。

JKローリングさんはミドルネームを持っていなかったことから、祖母のキャスリーン(Kathleen) から取って、ペンネームをJkローリングとしています。

まとめ

母親の死からうつ病になり、さらにはシングルマザーや生活保護など苦労人だっだJKローリングさん。

ハリーポッターシリーズについては、念入りに計画的に書いていったように思われがちですよね。しかし、なんてことない生活の中でパッとひらめき、今ではかなりの大富豪に!

子供から大人まで大人気のハリーポッターシリーズの作者であるJKローリングさん。今後の情報にも注目したいと思います!