15歳の若さでFC東京、そしてU-19日本代表にいずれも異例の飛び級で選出され、数々の最年少記録を更新し世界からも注目を浴びている久保建英さん。
プロサッカー選手からも”天才”と太鼓判を押されている建英さんですが、その実力は決して才能だけではなく、幼い頃からの両親の教育法が大きく影響しているようです。
若くして世界で活躍するスーパースターを育て上げた両親はどんな人物なのか、詳しく見ていきたいと思います。
久保建英の父親は筑波大学サッカー部出身!
建英さんの父親は、建英さんと一字違いで久保建史(くぼたけふみ)さんといいます。
引用元:https://twitter.com/imakoko9/status/1141226417595662339
建史さんは筑波大学のサッカー部に所属していました。中学までは野球に打ち込んでいたそうですが、高校と大学ではサッカーを頑張っていたようです。
大学は「体育専門学群」という学部を卒業していますが、ここはスポーツの指導にあたる人材を育てる学部になります。建史さんは大学在学中から、地域の少年サッカーチームの指導を行っていました。
引用元:https://www.facebook.com/univ.tsukuba.ja
学校名:筑波大学
設立:1973年
所在地:茨城県つくば市天王台一丁目1番地1
偏差値:61~78
建史さんは残念ながら、サッカーの名門と言われる筑波大学でレギュラーになることはできなかったようですが、スポーツ指導についての基礎をしっかりと学んだようです。
ちなみに筑波大学体育専門学群を卒業した著名人には、元日本代表のサッカー指導者・井原正巳さん、サッカー女子日本代表・熊谷紗希さんなどがいます。
久保建英の父親はミサワホーム勤務
建史さんは筑波大学卒業後、大手ハウスメーカーのミサワホームに入社しました。
豪腕・ミサワホーム創業者の新会社、存続の危機に…寿命200年住宅の夢潰えるのか https://t.co/kv4PU9uDu4 pic.twitter.com/xepGsskmt6
— Business Journal/ビジネスジャーナル (@biz_journal) March 10, 2016
2018年9月30日付の人事異動情報では、「総務人事部長 兼 BR働き方改革推進室担当室長」という役職でした。
上場企業の部長職ということで、かなり重要なポストに就いていたようです。ミサワホームの部長クラスの年収は1千万円以上はあると思われます。
今日わミサワホームの部長、インターネットの取締役、年収2500万の人達にご飯連れてってもらいました!本当すごかった色々経験になったなー。
— KENTA (@kenta1077) January 8, 2013
息子の建英さんは小学校4年の時、母親と6歳下の弟と3人でスペインに渡りましたが、建史さんは1人日本に残って仕事を続けていたようです。
高収入があるとはいえ、家族3人を海外で生活させ続けるのは、経済的に苦しい面もあったのではないでしょうか。
一流選手を育てた教育法とは?
15歳にしてJリーガーからも絶賛されるほどの実力を発揮していた建英さんの背景には、父親の努力や独自の教育法があったようです。
その教育法について建史さんは「おれ、バルサに入る!」という本を出版しています。
《お買い得Kindle本》
おれ、バルサに入る! 夢を追いかけるサッカー・キッ…
久保 建史http://t.co/UMQeHIPCXW
11 pic.twitter.com/sSyBCHodPH— mtmt203 (@mtmt203) December 16, 2013
建英さんは子供の頃、外で遊ぶ時は裸足でいることを徹底されていました。足裏は健康のバロメーターであり、裸足でいることで足の感覚を鍛えられるという狙いがあったようです。
建英さんは2歳頃からベビーカーに乗らず、足を鍛えるためのトレーニングを開始していたそうです。遊ぶ時は家の中ではなく、基本的には外で過ごすことになっていました。
外で遊ぶときは靴と靴下を脱ぎ、はだしで遊ばせる機会を多くしました。足の裏は健康のバロメーターでもありますし、足裏の感覚を養うには、はだしが役に立ったと思っています。『バルサに入る!』夢をかなえるために、日常生活で気をつけた事 久保建史http://t.co/tv5G92sV6a
— man (@man10000) May 14, 2015
建史さんは会社に出勤する前、建英さんと毎朝ボール遊びをしていたそうです。頻度で言うと365日中350日だったそうで、1年間ほぼ休みなく日課になっていたということになります。
仕事が忙しく疲れている時もあると思いますが、サラリーマンが毎朝子供のボール遊びの相手をするというのは、なかなかできることではありませんね。
6歳で「おれ、バルサに入りたい」と話した久保建英くん。2歳の頃から一緒にボールを蹴り、「親は息子の夢をかなえるサポート役でありたい」と話す父、久保建史さんのインタビュー記事です(2012.6.21掲載) | サカイク http://t.co/iBpqus2zp0
— サカイク編集部 (@sakaiku_jp) September 2, 2013
建英さんが3歳の時、建史さんはサッカークラブのコーチをしていました。そこで建史さんは、どうしたら建英さんが18歳でプロになれるのかを考え、ボールを運ぶ・止めるという基本動作を徹底することから始めました。
基本であるドリブルをひたすら練習し、目的を明確に説明できないシュートをすることは禁止する、といった指導を行いました。前日より少しでも上達した時は褒め、練習が好きになるような育て方をしていたようです。
サッカー日本代表・久保建英、父の熱意と “神童” っぷりを恩師が語る #SmartNews https://t.co/xGrhVyi11s
— tsuru @FC東京ストロングマシン2号 (@dazdazy) June 17, 2019
久保建英の母親も教育熱心
建英さんのサッカー教育に力を入れていた父親の建史さんですが、母親もかなり教育熱心な方のようです。建英さんが小学校4年の時、父親を日本に残し親子3人でスペインで過ごしていたため、今度は母親が教育に力を入れました。
引用元:https://refinelifekaz.com/archives/5684
建英さんは長男ですが、次男のように育てられたそうです。
父親の建史さんは長男、母親は次女として生まれ、2人の経験から次男として接してあげた方が、強く優しい人間に育つと持論を掲げていたようです。
久保建英選手の子供のころ、可愛すぎない?
こんな子供ほしい。 pic.twitter.com/7pDtRJjPZ2
— ジュン。 (@juno1207juno) November 9, 2019
さらに建英さんを外で遊ばせるために、あえて以下のような厳しいルールを作り家の居心地を悪くしていたそうです。
・テレビを付けてはいけない
・ゲームをしてはいけない
・おもちゃを与えない
外で遊ばせるだけでなく、サッカーチームの合宿にはなるべく参加させ、友達の家に1人で泊まりに行かせたりと、自主性を鍛えるため家以外の環境に慣れさせようとしていました。
また建英さんに絵本を読み聞かせることで、想像力を鍛えることも欠かさず行っていました。自宅には400冊以上の絵本があり、週に20冊以上を読み聞かせていたそうです。
【 画像 】バルサの神童・16歳ファティと久保建英の子供時代の写真が可愛すぎるw https://t.co/l6e49w9KY9 pic.twitter.com/FOip386ijo
— Jスタ (@jsta_jp) September 15, 2019
久保建英のwikiプロフィール
名前:久保 建英(くぼ たけふさ)
生年月日:2001年6月4日
年齢:[birth day=”20010604″]歳
出身地:神奈川県川崎市麻生区
身長:173cm
体重:67kg
所属チーム:ビジャレアルCF
和製メッシとも称される、建英さんの天才伝説・エピソードを紹介します。
3~10歳
・小学校2年の時にFCバルセロナキャンプでMVPを獲得
・ベルギーで開催されたカップで、チームは3位だったが通常優勝チームから選出されるMVPに輝く
・小学生でスペインからスカウトが見に来ていた
11~14歳
・FCバルセロナの下部組織カンテラ(ラ・マシア)の入団テストに合格
・地中海カップU-12トーナメントで大会得点王、MVPを獲得
・スペイン移住後、2ヶ月でスペイン語を習得
14~18歳
・15歳でFC東京U-18に飛び級で昇格
・日本クラブユースサッカー選手権に飛び級で出場し、中学生ながら大会史上初の得点王(5得点)に輝く
・16歳5ヶ月22日という歴代3位の年少記録でJ1リーグデビュー
・16歳にしてチーム選手に命令口調で指示を出す姿に、相手選手が驚愕
・18歳で日本代表メンバーに選出
海外のメディアでは「メッシが建英さんと同じ年齢の時は、建英さんほど良い選手ではなかった」と、称賛する声も上がっています。
海外のサポーターからも「日本のサッカーキング」「すでにワールドクラスのレベルに到達している」「プレイだけでなく判断能力もずば抜けている」など、多くの高い評価を得ています。
まとめ
海外でも活躍する建英さんの華麗なプレイやコミュニケーション力は、父親と母親が一丸となって教育に力を注いだ結果のようです。
小さな子供には過酷な環境だったと思いますが、それでも家族の仲が崩れず良好な関係を保っているのは、お互いに相当な信頼関係がなければできないことだと思います。
まだまだ若い建英さんなので、今後の成長やさらなる活躍を期待せずにはいられません。